黒い●

兄の肌に黒い丸ができはじめた
二の腕にオリオン座が完成した頃はおかしなホクロだと笑いあったが
丸はふくらはぎ、背中と増えることをやめず
ホクロ程の大きさだったのがシャツのボタン
シャツのボタンは500円玉になって首や顔まで汚し始めた
もともと無口な方だった兄は長袖の服を着て
下手くそなジョークを無理やり飛ばすようになった
慣れないものだからいつもオチの手前で声が裏返ってしまう
全然笑えないから笑いあっていた頃のことばかり思い出させるその声の
裏と表が逆転して
やがて兄の体は黒い丸に覆われて真っ黒になった

真っ黒な兄は耳慣れない声で意味の通らない言葉を並びたてる
かと思えば何時間でもおし黙る
今の兄には見えないものが見えてしまう
聞こえない音が聞こえてしまう
私はそこにどう自分の声を滑り込ませればいいのかわからない
言葉が通じなくなってしまった
相づちの打ち方もわからない
兄は手を叩いて笑って
私の顔色を見て急におし黙り頭を抱えた
その時、真っ黒な体に再び星を見つけた
体を動かすたびに丸と丸の残された小さな隙間からチラチラと光が瞬いていた

光だけが綺麗で
兄の語る言葉に笑顔を返せないまま私は呆然と眺めていた
隙間が徐々に減っていくのを数えていた
そんな私に医者が言う
「あまり眺めない方がいいですよ」
あの黒色は死という病気なのだそうだ
彼は続ける、兄は徐々に死んでいっているのだと
生きながら死んでいる人もいる
兄はそういう病気で、あの黒い闇は兄ではなく死の病巣なのだと
愛してはならないのだと
「あまり眺めていると、あなたの体にも黒い丸ができますよ」
私は兄に背を向けた
やぶ医者が私の望みを叶えてくれたから

背を向けた者にできるのは祈りのみである
私は一人でいる時はいつも兄の体から漏れる小さな光を思い出していた
思い出すと同時に背中から闇が追いかけてくる
振り返ってはいけないと自分で自分に言い聞かせ
兄の体から病が去るようにと祈るが
あの暗闇から走り逃げる私の目の前に一体何があったのだろう
小さな光を思い出していた
あの時、振り返れば見えただろうか
固く組んだ手を開き、伸ばせば叶っただろうか

兄の死は唐突だった
光の漏れる隙間が最後の一つとなった時
まるで化膿した傷口から膿が噴き出るように
真っ黒な体からたくさんの光がふきだした
彗星みたいに尾を引いて
すべての光が空に帰ると
兄は私のよく見知った寝顔で横たわっていた

光を掴まえられなかった私は
まだ走っている
自分の背中の醜さを知らぬまま
あの光を思い出している

気に入ってないけど大事に書いた。Y君に。

作成
・2010/03