Sep
2021
18

引越し前夜

9月15日。

 七年使ってボロボロになったソファを粗大ごみとして廃棄するため、夫と二人でエッサホイサと玄関脇に運び出す。別れが名残惜しくてそのまま座ってみると、玄関ポーチの段差がオットマンとしてちょうど良い高さで、体がすっぽり収まってしまった。吉祥寺の、今はもう閉店してしまった家具屋で、一万円と少し出して購入した、二人がけの小さなソファ。座面はもう随分前からスプリングがへたってボコボコしているけれど、座り慣れた柔らかさで、この玄関だって何度もくぐってよく知った場所。だけど座ったのは初めてで、視界に映る景色は新鮮で、秋の夜風と虫の音は心地良くて、あぁこれはやばいね、最高だね、と二人で言い合いながら煙草を吸った。同棲生活の象徴みたいなソファだった。最後まで良い思い出をくれた。

 その他、洗濯機のホースから漏水する。防水パンあってよかった。そしてこのタイミングでよかった。十年間、お疲れ様。十九日には新居に新しい洗濯機が搬入される予定。

9月16日。

 原状回復祭り。この家の窓のサイズに合わせてオーダーしたウッドブラインドを外す。勝手に付け替えたスイッチカバーを元に戻す。引き戸に貼った黒板塗料を塗った壁紙を剥がす。ソファもなくなって、知らない家に戻っていく。

9月17日。

 夫の誕生日&参画していたプロジェクトの最終出勤日。今年も日付を跨ぐ瞬間を二人で祝うことができた。職場に菓子の詰め合わせを持って行こうか迷ったけど、コンプラ気にして手ぶらで行く。昼休みに職場近くの週四で通ってた喫茶店に挨拶に行く。好きな有田焼のカップでコーヒーを出してくれる、小さなお店。JさんもTさんもいて嬉しかった。Tさんは昼間のシフト入ってたり入ってなかったりだったので。「Tさん、このお店がきっかけで、源右衛門さんのカップ探し始めたんだけど好きなのが中々見つからなくて、良いお店ないですかね」と相談。「どんなのが好きなの?」「あそこの、Tさんのお気に入りだって聞いてるカップみたいなの。総柄のを探しているんですが中々無くて。今公式で売ってるのに好きなの無くて…」「…譲ってあげようか? 何度か使ってる中古だから値引きはするよ」…ということで、譲ってもらうことになってしまった。夜にお財布持ってもう一度お店に寄る約束をする。帰り際に「旦那さんに“一人だけこんな良いカップでコーヒー飲むなんてずるい”ってやっかまれちゃうね」と笑われたけど「私の思い出ですから」と笑ってお店を出た。

 職場で最後の仕事と挨拶回り。みんな、何年も常駐するのが当たり前、みたいな感覚があるプロジェクトを、個人的な要望で配属替えを申し出て九ヶ月で辞めることになったからか、上司冷たかったけど気にしない。夜にもう一度お店に寄る。夜番はいつもJさんが一人でやっている。「どのカップで飲む?」と尋ねられて迷っていたら「縁起の良いものにしましょうか」と蒔絵のような金色のカップでコーヒーを出してくれた。「このカップでコーヒー飲んだお客さん、いろいろ良いことがあるのよ」「新生活が良いものになるといいわね」と。たまたま同席した他の常連さんが、Jさんへのお土産用に「ついでだからあげるよ」とプリンいただく。美味しかった。「また来ますね」と言ってお別れする。Jさんからはたくさんの話を聞かせてもらった。この喫茶店に出会えただけで、このプロジェクト配属されて良かったと思う。コロナ禍で全然在宅できないのは辛かったけど、家にいると出会えない人はたくさんいる。

 荷物が多かったので最寄り駅まで夫に迎えに来てもらう。この駅で待ち合わせるのも最後かと思う。

9月18日。

 昼過ぎに家電業者が来て冷蔵庫と洗濯機を回収、引越し業者が来て荷物を梱包をしていく。引越し業者は小柄な女性二人。その内の後輩と思われる女性、良い人ではあったものの、少し癖の強い人だった。その印象を裏付けるかのように彼女が梱包したダンボールには「マンが」と書かれていた。点の数が違う。でもこの手のバグ、なんか私は知っている。

 結局、荷物が多過ぎて梱包は夜になっても終わらず、全体の七割程?で終了。圧倒的に本が多いので、作業者悪くないと思う。とはいえ残りは明日の搬送前に梱包するらしいのだが、大丈夫か。

 夫が最後の晩餐にと、オムライスを作る。この家に越してきた時に作ったメニュー。美味しかった。しかし冷蔵庫ももう無いのに、よく作るなと思う。

 幼い頃から引越しが多く、今の家は人生で十軒目の家だった。ひとところに七年住んだのは圧倒的最長記録だ。初めての同棲でもあって、七年は、ちょうど一人暮らしをしていた期間と同じ長さでもある。私は飽き性なので、よくここまで来たなと感慨深い。

 次の家は今の家と全然違う。苦労することも多そうだけど、「未知」を楽しみながら何か自分の生活を整理できたらいいな……。

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